それは女性読者の1本の電話だった。「水泳パンツの色が違うと思うのですが……」

直接受けたわけではなく人づてなので、声の調子や年齢層も分からないが、彼女は寺内健選手をテレビで見ていたのだろう。今のようにウェブが発達していた時なら直ちにパソコンで確認され、断定詰問調だったかもしれない。

2000年シドニー五輪も終幕間近。毎日新聞西部本社は最終面をカラーグラフにして男子高飛び込み決勝を全面で扱った。メダルにこそ届かなかったものの、五輪では日本人過去最高の5位入賞を果たした寺内選手の躍動感ある飛び込みを8枚の縦長連続写真で展開している。角度の関係で顔はよく見えないが、短髪で東洋人らしい体形。入水も美しい。ところが、パンツの色が青い。読者は、髪と同じく黒と覚えているという。こちらが真っ青になった。

この紙面、私は編集デスクとして作る側にいた。写真を手にし、使う指示を出した立場である。“犯人”は私だ。間違いを検証してみると、シドニー現地から入稿した写真はテスト用で、どうも優勝した中国選手のものだったらしい。締め切り時間にせかされる中、連絡の行き違いで早とちりしてしまった。この紙面を担当した編集者も「1カ月間、立ち直れなかった」と、沈んだまま浮かび上がってこられない心情を吐露した。連続写真とは別に寺内選手の笑顔の横顔写真も大きめに配していたが、よく見ると青パンツの選手の髪形と微妙に異なる気もする。すべてが後の祭り。翌日の「おわび」が悲しい。

寺内選手は五輪5大会連続の出場を逃し、ロンドンで彼の姿を見ることができないのは個人的に残念だ。唯一、飛び込み代表に選ばれた中川真依選手の活躍を期待している。校閲として、彼女の顔と水着もしっかり覚えて紙面に向き合いたいと思う。

【林田英明】

 

オンラインで学ぶ校閲実践トレーニング

次回の講座は12月6日(日)の14:00~16:00、受講料は3000円です。日本全国、世界中どこからでも受けられます。

「文章を間違いのない分かりやすいものにすること」が校閲。校閲記者がどのような読み方をして間違いを見つけたり文章をブラッシュアップしたりしているのか、実例に基づいて解説します。その上で実際に校閲作業を体験していただき、楽しく学びながら校閲作業のコツをお伝えします。

毎日新聞の校閲記者によるオンライン講座はリピーターも多く、大変好評をいただいています。

フォローすると最新情報が届きます

Twitter