今年の大きな出来事といえば首相の交代。コロナのインパクトに比べると影は薄いのですが、首相の言葉の使い方にもやはり個性が表れます。昨年に引き続き辞書の改訂が相次いだのは校閲記者にとって興味深いことでした。

前回に引き続き、2020年のアンケートから一年を振り返ります。

首相官邸のウェブサイトから

できなかった五輪の質問

それにしても新型コロナウイルスの感染拡大がもたらした社会の動揺が大きく、他に何があったか思い出すのを難しく感じる人も多いかもしれません。そもそも2020年は東京オリンピック・パラリンピックが開催されるはずで、五輪に関連した質問が多くなるだろうと想定していました。

五輪でメダルの期待が「かかる」種目――漢字で書くならどう書きますか?という質問です。この答えを募り始めたのが2月27日。しかし、その日の毎日新聞朝刊には既に「新型コロナウイルスの感染拡大で、東京オリンピック・パラリンピックの開催を危ぶむ声が広がっている」として、事態の推移を懸念する記事が載っています。もっとも、この時点では東京都も国もまだ強気で、それに本当に延期なり中止なりが可能なのか、誰も分かっていませんでした。

毎日新聞2020年2月27日朝刊

今振り返ってぶぜんとさせられるのは、記事中で紹介されている、英国の政治家による「ロンドンが再び五輪を開催する用意があると確信している」という代替開催の提案です。新型コロナの流行を東アジアの事案と考えてのことですが、その後の経緯は皆さんご承知の通り。英国およびロンドンはコロナにより日本以上の被害を受けており、なおかつ変異ウイルスの震源地として、改めてロックダウンを強いられる事態にもなっています。

上の質問の結果を掲載したのは3月17日でしたが、その1週間後の24日、五輪・パラリンピックの1年延期が決まりました。

危うい前首相、取り上げにくい現首相

他の大きいニュースといえば首相の交代に指を折らねばならないでしょう。それにしても安倍晋三前首相は、折々の強弁や言い間違い・書き間違い(官邸スタッフによるものも当然あるはずですが)でこの「毎日ことば」にもしばしば話題を提供してくれたものでした。今年も安倍さんの発言にちなんで「募集」の意味として適切なのは?という質問をしています

いまだに世上の話題を去らない「桜を見る会」にまつわる質問です。安倍さんは参加者について「幅広く募っているという認識だった。募集しているという認識ではなかった」と2月の国会で答弁し、「広く募る」と「募集」は同じでは?と多くの人の首をかしげさせたのでした。アンケートの結果はリンク先からご覧いただける通り。前首相の言葉が世間とすれ違っていたことが浮かび上がります。

ところで菅義偉首相の言葉は、どうもネタになりにくいようです。官房長官時代から「木で鼻をくくったよう」という対応ぶりが指摘されていましたが、首相になってもその点はあまり変わらず。「全集中の呼吸」で答弁してくださるはずなのですが。つまるところ、前首相の言葉遣いはしばしば危うく、現首相の言葉は取りつく島がないといったところでしょうか。

昨年に続き辞書の改訂相次ぐ

昨年の大辞林、岩波国語辞典に続き、今年も新明解国語辞典、明鏡国語辞典といった辞書が改訂されたことは、校閲記者にとっては楽しいニュースでした。それぞれの辞書については、当ブログのアンケート以外の記事で詳しく紹介されています。アンケートでは作り手の「こだわり」を感じる――と言う場合、どう受け止めていることになる?という質問の際に、両辞典の差異を興味深く感じました。

明鏡は2版まで「誤用に厳しい」という印象を持っていましたが,3版では、言葉の使い方を細かく親切に説明する辞書という印象を持ちました。「こだわり」「こだわる」についてもまたしかり。「プラスに評価」「マイナスに評価」が同じ語でも分かれることを明快に伝えます。一方で、新明解国語辞典の「他人はどう評価しようが」という一節は、この辞書らしいうがった表現と感じました。この場合の「うがった」はもちろん裏を勘繰るような意味合いではなく、物事の本質に迫るような、という趣旨です。

明鏡国語辞典3版から

新明解国語辞典8版から

過去と現在をつなぐ質問を目指します

ところでこの「#ことばの質問」のアンケートを、多数決で言葉の是非を決めようとするものと受け止めたご感想を頂くことがありますが、もとよりそのような意図はありません。もちろん私たちが校閲作業をする上で、皆さんのご意見を参考にしたいと考えてはいます。しかし何より皆さんが、質問に答えることや、その回答結果と出題者の解説などを通して、言葉について考える取っかかりを得ることができるならそれに勝ることはなく、出題者としても本望です。

とはいえ、前言を翻すようではありますが、多数決で言葉の是非を決めるというのは魅力のある考え方です。ただし、その場合の投票権は、現在を生きる私たちだけのものではなく、過去に日本語を使ってきた人々にも分かち持たれるべきものでしょう。そうした人々の使い方が反映した過去の用例や国語辞典の記述を参考にしつつ、現在の大勢との間で落としどころを探ってゆく、ということを目指して今後も質問を続けていきたいと思います。どうぞ来年もお付き合いくださいますようお願い申し上げます。

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